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長崎簡易裁判所 昭和45年(ろ)177号 判決

被告人 石崎善司

大三・一二・二四生 無職

主文

被告人を罰金四、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、雑種雄犬通称「しろ」の飼い主であるが、昭和四三年四月四日午前六時三五分ごろ、右「しろ」をけい留しなかつたため、同犬が長崎市鳴滝町二七五番地の自宅先階段を降りようとしていた森田エイ(当五九年)にとびかかり、思わずこれを避けようとした同女をして高さ約四・七メートルの崖下に転落せしめよつて同女に加療約一・五ヶ月を要する頭蓋骨々折等の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

なお、弁護人および被告人は、被告人は判示「しろ」という犬(以下単に本件犬と略称)を所有し、占有しまたは管理する者ではなかつたから、飼い主にはあたらない、したがつて本件犬は被告人の飼い犬ではなく野犬であつたと主張し、かりに被告人の四男徳隆において同犬を飼育していたとしても被告人の全くあずかり知らぬところであつたから被告人は無罪である旨主張する。

よつて考えるのに、長崎市犬取締条例二条一号が飼い主の定義にいう「管理する」とは、管理の開始が委託その他の契約によるとはたまた拾得によるとを問わず、犬を事実上自己の支配内において、生育の意思で当該犬の生存または保護に必要な食物または起臥の場所などを当該犬に与えることをいうと解せられる。

これを本件についてみると、前掲各証拠を総合すると、本件犬は昭和四二年一〇月上旬ごろ被告人の四男徳隆(当時一一年)が学校からの帰途路上において拾得し被告人方に連れ帰つたものであつたこと、これに対し右四男の父親である被告人は、別に反対することもなく、かえつて本件犬の寝食の場所として同人の占有する家屋の床下または玄関の各一部を提供していたこと、本件犬は被告人の家族からは「しろ」という名で呼ばれていたこと、本件犬に対しては右四男および被告人の家族のほか被告人自身もしばしば食物を与えていたこと、被告人は右四男から本件犬が友人にじやれつくのでつないでほしいと頼まれてつないでやつたこともあること、本件犬は夜になると別に呼ばれないでもひとりでに被告人方に帰つてきていたこと、本件犬が被告人方に連れてこられて判示被害の発生した日まで約六ヶ月の期間を経過しているが、その間別に同犬が行方不明になつたようなこともなかつたことなどが認められる。

叙上の各事実によれば、本件犬はもはや被告人方の家族の一員として俗にいわゆる住みついた以上の関係にあつたというべきであり、ひつきよう被告人は生育の意思で本件犬を自己の支配内において同犬の生存または保護に必要な食物および起臥の場所などを与えていた者すなわち本件犬を管理していたものといわねばならない。したがつてまた被告人は、本条例二条一号にいう飼い主であつたというほかはない。もつとも、本件犬は右四男の愛玩用として同人が主として世話をしていたことも認められないではないが、よしやそうであつたとしても被告人は親権者として子の財産を占有しかつ正当に管理する権能と義務を有する地位にあつたから、本件犬についても、たとえば被告人が狂犬病予防法五条に定める予防注射を受けさせるなどの管理をなすべき地位にあり、したがつてそれは、被告人を本条例二条一号にいう飼い主であつたとするのに何ら妨げとなるものではない。

そして本条例二条二号によれば、飼い犬とは飼い主によつて飼育されている犬つまり管理されている犬をいうと解するから、本件犬は被告人の飼い犬であつたというべきである。

つぎにまた、弁護人は本条例八条にいう被害は、咬傷などの直接的なものに限られると主張するけれども、本条例制定の目的および同条例三条の法意からすると同条にいう被害とは、必ずしも咬傷などの直接的なものに限らず判示事実のごときけい留されていない飼い犬の動作が原因となつて生じた傷害も当然これに含まれると解するから弁護人のこの点に関する主張も採用できない。

そしてほかに本件被害発生前において被告人が本件犬を本条例二条四号にいうけい留していたとの証拠もなく、被告人の司法警察員に対する供述調書によれば、かえつて本件被害発生直前において被告人みずから本件犬を被告人方より外出せしめたことさえ窺知できるから、結局被告人は、本条例二条一号のけい留義務に違反し、かつ人に被害を与えた犬の飼い主として同条例八条の刑事責任を免れることはできないというべきである。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、長崎市犬取締条例三条一項一号、八条一項に該当するので所定金額の範囲内によつて処断するが、被告人は当初のみではあつたが、本件被害発生を知るやただちに被害者を見舞つている点および本件被害が本条例施行後旬日を出ずして発生している点などを考慮して、被告人を罰金四、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(参考条文)

長崎市犬取締条例

(この条例の目的)

第一条 この条例は犬による人畜その他の被害を防止し、もって市民生活の安全及び公衆衛生の向上を図ることを目的とする。

(定義)

第二条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。

(1)  飼い主 犬を所有し、占有し、又は管理する者をいう。

(飼い主の義務)

第三条 飼い主は、次の事項を守らなければならない。

(1)  飼い犬を人畜その他に被害を与えないようにけい留すること。

(罰則)

第八条 第三条第一項第一号または第二号の規定に違反し、かつ、人畜その他に被害を与えた犬の飼い主は、五、〇〇〇円以下の罰金に処する。

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